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第42章 第十五話　【静かなる月】　其の四

　市兵衛はそこまで気遣ってくれたのだ―、お彩の心にこの時、温かなものが流れ込んできた。が、市兵衛が一体、自分のためにいかほどの金を使ったのかと不安を憶え、申し訳ない気持ちになった。
「たいしたご執心だねえ」
　このときのおしがの声に険があるように思えたのは、お彩の気のせいだったろうか。
　その夕刻のことだった。お彩が自分に与えられた部屋にいたときのことだ。丁度、やや早い夕餉の膳が運ばれてきた直後のことである。
　吉原の夜見世が始まろうとする刻限であったが、楼主からもう張見世に出なくても良いと言い渡されているお彩には特に決まった勤めはない。ちなみに、張見世というのは、遊女が一斉に紅格子の後ろに居並び、道行く男たちの品定めを受ける吉原では毎度お馴染みの光景である。