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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第1章 第一話―其の壱―
 そのときである。表の腰高障子がわずかに軋んだ。その音を目ざとく聞きつけたお彩は、ビクリとして振り向いた。薄い壁を隔てた両隣に人が住んでいるとはいえ、夜も遅い。女一人の住まいに押し込まれては、仮に相手が屈強な男ならば、抵抗する暇さえないだろう。お彩など容易くねじ伏せられてしまうに相違なかった。
 だが、不吉な想像に反して、障子戸を細く開けた向こう側に覗いていたのは、見知った顔である。
「伊勢次さん」
 お彩は安堵の吐息をついた。
伊勢次は「花がすみ」の常連の一人だ。左官をしているが、今時の若い者には珍しいほどに気の好い若者だった。朴訥で女を歓ばせるような気の利いた台詞一つ言えない。そんなところは、父伊八に似ている。
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