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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第14章 第六話 【春の雨】  其の壱
 二人連れが角を曲がったところで、お彩は軒燈の灯りを落とした。「花がすみ」と渋柿色の地に藍色で染め抜いた暖簾を仕舞い、店の中に引っ込んだ。狭い店の内には、奥の方の机にまだ若い男が居残っている。正確には、この男が最後の客なのだけれど、これは例外と言うべきだろう。
 今、いつもよりはやや紅潮した顔で座っている丸顔の男は伊勢次といい、左官をしている。歳は二十二、年が明けて十八になったお彩よりは四つ年上である。長身だが、童顔であり、せいぜいが、お彩と同年ほどにしか見えない。この頃ではなかなかお目にかかれないほど誠実な陰ひなたのない男で、お彩に悪い虫がつかないように常に眼を光らせている喜六郎でさえ伊勢次なら大丈夫と太鼓判を押しているほどの若者だ。
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