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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第14章 第六話 【春の雨】  其の壱
 伊勢次はこの店の常連の一人であり、何を隠そう、看板娘のお彩にぞっこん惚れている。かねてから、お彩に想いを打ち明け、所帯を持って欲しいと求愛しているのだが、お彩には既に陽太という惚れた男がいた。お彩は伊勢次の求愛に対して、これまで明確な返答を避けてきた。また伊勢次もお彩が陽太に惚れていることを知らぬわけではない。その上で、伊勢次はお彩にいつまでも待つと言ってくれている。
 お彩は男の気持ちを知りながら、弄ぶような質の悪い娘ではない。むしろ、母ゆずりのお人好しだ。お彩が伊勢次の気持ちを十分すぎるほど知りながら、これまではきとした返事をしなかったのは、ひとえに伊勢次の心中を考えたからである。伊勢次は自分には勿体ないほどの良い人間だ。父伊八と同じ類の男で、気の利いた台詞を言ったりはしないが、その分情に厚く、誠実だ。
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