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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第20章 第八話  【椿の宿】 其の弐
 陽太と名乗る男の正体が実は江戸市中でも名の知られた呉服太物問屋の主人京屋市兵衛だと知り、一度は自ら身を退こうと決意したこともあった。
 そして、市兵衛がたとえどこの誰であろうと構わない、一緒にいられるただその瞬間(とき)だけを大切にしたい、そのときの歓びだけを感じていたいと思い、結ばれた。だが、その挙げ句に待ち受けていたのは果てのない空しさだった。
 約束の刻限になっても、お彩はついに「むらさき亭」には行かなかった。さんざん迷い抜いた末、極限状態まで追いつめられたお彩が選んだのは、もうこれ以上、市兵衛とは逢わないという選択だった。
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