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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第20章 第八話  【椿の宿】 其の弐
 それでも父に似て律義なお彩は何とか布団から這い出し、身仕度を整えた。共同で使う井戸まで行って顔を洗い終えた頃には、頭痛もすっかり治まっていた。
 家の前まで戻ってきて表の腰高障子を開けたその時、お彩は愕然とした。上がり框に座っていた長身の男は、あろうことか京屋市兵衛だったのである。
「どうした、まるで幽霊を見たような顔をしてるな」
 市兵衛が皮肉げな口調で言う。
「それとも、幽霊じゃなくて、捨てた男か?」
 市兵衛の端整な顔はゾッとするほどの冷たさを帯びていた。その声もまるで氷のように冷え切っている。この男が出合茶屋の一室でお彩を狂おしく求め情熱的に抱いた男と同じ人物とは到底思えない。
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