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第23章 第十話　【宵の花】　　其の壱

　「花がすみ」の主人喜六郎は将棋の駒のように四角張った顔、ギョロリした眼が特徴的で、見かけによらず滅法人が好かった。
　お彩のことも娘のように可愛がってくれた。その喜六郎がいつか夜桜には人の心を狂わせるような妖しい美しさがある―と、言っていた。あれは確か二年前のことだった。
　「花がすみ」の常連である左官の伊勢次と共に夜道を歩きながら、喜六郎には似合わぬ風流なことを言うものだと思った。あの時、伊勢次からの求婚をはっきりと断った。
　お彩の脳裡に喜六郎のいかつい顔や伊勢次の人の好さそうな丸い顔が浮かぶ。伊勢次と共に歩めば、かつて望んでいたような穏やかな家庭を得られると判っていながら、お彩は市兵衛と生きる道を選んだ。