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第25章 第十一話　【螢ヶ原】　　其の壱

【其の壱】

　薄暮の中に、見憶えのある長屋が建っていた。いやと、お彩はかすかに首を振った。この長屋は自分が生まれ育った甚平店ではない。だが、粗末な棟割り長屋が向かい合って建つその光景は、江戸市中のどこにでも見かけるような裏店である。そんな長屋の住人は皆、似たり寄ったりのその日暮らしの連中ばかりだ。
　お彩もそんな、ありふれた裏店で生まれ育ち、十五の齢までそこで暮らした。
　父は腕の良い飾り職人であったから、表店に移って仕舞屋の一軒を持つだけに十分な実入りはあったのだが、父伊八は生涯甚平店を離れることはなく、昨年の十一月に不慮の事故で亡くなった。