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第27章 第十一話　【螢ヶ原】　　其の参　

　ずっと昔に、自らの心を殺した―、それは何という哀しい言葉だろう。好いた惚れたで一緒になった仲ではなくても、京屋の婿となった市兵衛は若き日、一度は女房と新しい生活を始めようとしたこともあったのだ。それがお市と手代清五郎の裏切りが市兵衛の夢を無残に打ち砕き、彼の心までをも凍らせてしまった。
　お市との結婚のために惚れた女を諦めたというところで、お彩は思わず口を開いていた。
「でも、あなたは私に惚れているのではありません。あなたの初恋の女性というのは、私の母のことなのでしょう？　母のために一度は京屋のお嬢さんとの縁談(はなし)まで断ったと聞きました。あなたは私に惚れていなさるとおっしゃるけれど、それは大きな間違い、あなたは私の中に母を見ているのよ」