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潮騒
第8章 正一郎の過去 ー引潮ー
「元々ぜんえもんの家は金貸しやからな。トキエの家の借金もほとんどそっからやった。」

『ぜんえもん』というのがタエの実家の屋号だ。

「借金を帳消しにする代わりに、他の男に嫁げときた。しかも山向こうの、六十も越えた爺の後妻や。親より歳食った爺やぞ?それでも欲だけは枯れてない。妾も何人も居るっちゅう話や…ようもまぁそんな相手見つけてきたと思うやろ…。それでも…借金も帳消し、親父の面倒も見たると言われたら…アイツには従う道しかなかった…」

つくづく好かんとは思っていたタエの、容赦のないやりように菊乃も腹が立った。

「俺は…それがタエの差し金やと最初は知らなんだ…トキエにいきなり、縁談が決まった、あんたの事はもう待ってられんと言われて…驚いたし、袖にされたんも辛かった…それで、しゃあなしタエとの縁談を受けたんや…けどアイツ…祝言の後、床に入ろうとした時、笑いながら、今頃トキエも旦那に抱かれとるって言いよった…それで、問い詰めて、タエが噛んどることを知った…俺は…タエだけは許せんかった。だから手も出さずに次の日の朝、家から叩き出した。本当は浩二郎の嫁として身内になるんも嫌やった。けど、面子が潰れるて親に泣かれて、浩二郎は別に構わんと言うたら、こうなるしかなかった。その後にくる嫁なんか、ホンマに誰でも…もうどうでもよかったんや…」

正一郎の眼は潤み、今にも泣きそうだった。
正一郎も被害者やった…
好いた女と、望まぬ形で無理矢理引き離され、他の女と結婚させられる。
結婚とは、家同士が決めるもの。
いっそ、ただの契約と割り切れれば話は早いのに。
そこに人の情が絡むから、厄介なのだ…
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