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白薔薇の眠り姫 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第1章 白薔薇姫とワルツを
タクシーが麻布の北白川家の車寄せに到着すると、黒のお仕着せを着たまだうら若い執事見習いの青年が、緊張した面持ちで車のドアを開ける。
縣より二つばかり年下だろうか。
半年前に、北陸の漁村から給費生として伯爵に見出され、帝大に通いながらこの家の執事見習いとして働いているらしい。
執事見習いにしておくには惜しいような端正な美貌の持ち主だ。
…もっともその美しい顔立ちを隠すかのように眼鏡を掛けていて、表情も常に乏しい。
「…月城…だったね?どう?仕事には慣れた?」
タクシーから降り立ちながら、朗らかに声をかける。
月城と呼ばれた青年は、表情を変えずに慇懃にお辞儀をする。
「…恐れ入ります。まだまだ至らないところばかりでございます」
緊張を解そうと、縣は尚も親しげに話しかける。
「帝大にも通い始めたのだろう?学年が違うからなかなか会えないが、同じ経済学部だ。今度、食事でもしないか?」
月城はちらりと縣を見上げ、やや眩しげな表情をして目を伏せる。
「…私のような身分のものが、縣様と食事など…分不相応でございます。お気持ちだけ頂戴しておきます…」
取り付く島がないとはこのことだ。
縣は苦笑混じりの溜息を吐いた。

重厚な玄関ホールへと先導する月城に、話題を変えて質問する。
「梨央さんはお元気にお過ごしかな?先週はまたお風邪を引いておられたが…」
「はい。お嬢様は今週くらいからは、すっかりお元気になられました」
月城が初めて笑顔を見せながら振り向いた。
縣は意外な気持ちがした。
…この青年、もしかして…?

…と、その時、大階段の上から陽気な声が響いた。
「やあ、礼也君!ご機嫌よう」
黒い正装に身を包んだ北白川伯爵が軽やかな足取りで階段を降りて来る。
月城は素早くお辞儀をし、傍に下がる。
北白川伯爵は手袋をはめながら、優しく縣に話しかける。
「君が来てくれて助かったよ。…我が愛しの娘がすっかりご機嫌斜めでね…」
「…梨央さんがどうかされましたか?」
北白川伯爵はその西洋人めいた華やかな美貌に困ったような笑顔を浮かべ、大階段の上を見やった。
「…私が留守がちなのが気に入らないらしい。今日もこれから妃殿下主催のお茶会と舞踏会と立て続けに予定が入っていてね。夜中まで帰れないのだよ。
…折角、帰国中なのに…梨央には寂しい思いをさせてしまう…」
伯爵は憂いを帯びた表情をする。
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