この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
君がため(教師と教育実習生)《長編》
第9章 しのちゃんの受難(五)

はぁと短いため息を吐き出したあと、佐久間先生のまとう空気が変わる。緊張感が柔和な笑みによって緩んでいく。
「だがな、しの」
佐久間先生は伸びをして、肩をコキコキ鳴らした。
「里見は、たぶん、今までの実習生の中でも出来のいいほうだ。指導案もきっちり書いてくるし、生徒のこともよく見ている。塾のバイトも、生徒の成績アップが楽しいと言っていたからな。教育実習や塾バイトで優秀だからと言って、いい教師になれるとは限らないが、俺はあいつの可能性を信じてみたいと思う」
「そうじゃなければ、協力なんてしませんよね、佐久間先生が」
「当たり前だ。俺は優秀な人間にあとを譲って、早く隠居がしてえんだよ」
俺はもう老いぼれだからな、と先生は笑う。
そんな寂しそうに笑わないでください、クマ先生。私が泣きそうになってしまう。
「あいつは馬鹿みたいに真っ直ぐだから、他の道があることに、あとになって気づくタイプだ。今のうちに道をいくつか用意しておいてやるから、あいつが教師になったら上手に誘導していけよ」
「はい、わかりました」
「いい先生を育てるのも、俺らの仕事だ。わかってるな?」
「はい」
生徒を育てるのはもちろんだけれど、同僚や後輩を育てるのも仕事。
佐久間先生がよく使う言葉だ。
生徒を育てるのは簡単だが、同僚をいい先生に育てるのは難しい。
それも佐久間先生の持論。
本当に、そうだと思う。
人を育てるのは、難しい。
「まぁ、お前が里見に捕まって、逃げきれずに結婚することになったら、仲人くらいしてやるよ。退職金残しておいてやるから、祝儀は期待しとけ」
ガハハ、と豪快に笑って先生は立ち上がる。
これで、里見くんの話は終わりという合図だ。ありがとうございます、と頭を下げる。
「ところで、しの」
「あ、はい」
私も立ち上がったところへ、ニヤニヤした笑みが向けられる。
「もうヤッたのか?」
「っ、や、やってません!」
「ハハハ、その反応じゃあ時間の問題だな。里見のやつ、しのを落とすとはなかなかやるなぁ」
エロクマめ!
それは立派なセクハラですっ!
こんなことで訴えるつもりは全くないけれど、そんなふうに楽しんで見守らないでほしい。
私は、今人生で一番、将来のことを考えているのだから。

