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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第9章 しのちゃんの受難(五)

「高村礼二は塾をクビになったみたいですよ」
「へえ」
驚くほど興味がない。六年も付き合ったのに、すっかり熱は冷めてしまっている。
「責任を取って、結婚するみたいです」
「塾をクビになったのに、生活大丈夫ですかね」
「結婚相手の親御さんの会社に勤めるみたいですよ。稲垣から聞きました」
「大変そうですね」
婿入りでもするのだろうか。幼い娘に手を出した男を、親が簡単に許すはずがないだろう。しばらくは飼い殺しにでもされるのではないだろうか。
いい気味だ。自業自得だ。
「……大丈夫ですか?」
「礼二のことなら大丈夫ですよ」
湯が沸いて、里見くんがドリップコーヒーを作ってくれる。いい匂いが部屋に充満してきた。
「それなら、良かったです。もう二人きりで高村礼二と会わないでくださいね」
「もう会うこともありませんよ」
「わかりました。信じます」
里見くんからマグカップを受け取って、口をつける。まろやかな酸味が鼻を抜けていく。至福のひとときだ。
あぁ、今日も頑張れそう。
「小夜先生」
「はい」
「愛していますよ」
真っ直ぐな視線に、苦笑する。毎日愛の言葉を伝えてくれるのはありがたいけど、照れるなぁ。慣れる日はいつか来るだろうか。
コーヒーを嚥下して、私はただ一言だけ返す。
「ありがとうございます」
まだ、彼と同じ言葉は、使えそうになかった。

