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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第3章 しのちゃんの受難(二)

「君がため 惜しからざりし 命さへ」

 パッと軽い音、バンと響く音がして、あちこちで下の句の札が舞う。二年三年生はもうサマになっているけど、一年生はまだまだだなぁ、と下の句の札を詠みながら笑う。
 二回目を詠み終わったところで、解説。

「君がため、で始まる句は二つ。『長くもがなと 思ひけるかな』と『我が衣手に 雪は降りつつ』ですよ。『きみがためを』と、『きみがためは』と覚えましょう」

 一年生がメモを取るのを待って、次の歌の上の句を詠む。頑張れ、一年生。

 火曜と木曜は百人一首部(かるた部)に顔を出す。顧問なのだ。
 百人一首は漫画の影響もあって、かなり人気がある部活動だ。今までは帰宅部だった子たちが、内申点を稼ぐために突然入部することもある。
 部室には漫画を全巻置いてあるので、それを目当てにやって来る子もいるけれど、最終的には「自分もやってみたい」と思えるようになるのだから、漫画の力はすごい。

 普段は、百首がランダムに再生されるCDを三十枚作ったので、それを流しながら練習する子たちもいれば、百人一首をぜんぶ覚えようと必死でプリントを読んでいる子たちもいる。
「決まり字」だけ覚えて、百首ぜんぶを覚える必要はないと割り切っている子もいる。
 もちろん、漫画を読む子も。

 基本的には、緩い部活動なのだ。
 今のところ「全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会」に出場できるほどの力もない。部長は出場したかったようだけど、予選すらメンバーが揃わなくて断念したのだ。全国へ、と意気込むレベルですらない。


 しかし、緩くても、部活動は部活動。私がいるときは、できるだけ全員が楽しめるよう、私が句を詠んで解説をするようにしている。
 素人の私が詠むよりCDをかけたほうが確実なのだけれど、「それだと速すぎて楽しめない」という初心者に配慮している。部長や真面目な部員たちには物足りないみたいなので、そういう部員たちは私の声を無視してCDを流している日もある。今日は、私の詠む声を聞いてくれているようだ。
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