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鬼ヶ瀬塚村
第2章 出発から村人の出迎え迄
『他にも猪なんかがよく出るのよ、作物荒らすから嫌いなのよね。食べると美味しいけど』

真理子さんが左右を軽く確認し、再びアクセルを踏み込んだ。

『鹿は紅葉肉、猪は牡丹肉だっけ?』

『そ、私は鹿より猪が好きね』

『真理子さん、お肉大好きだもんね』

『……美味しいもん、ステーキ大好き、ね、また品川のあの店でお肉食べようよ』

道はサーフが独り占め、高速を降り長かった渋滞から解放されて直に鬼ヶ瀬塚村だ。余裕ができたのか真理子さんも表情が明るい。

『ああ…和牛ステーキが食べたいなぁ』

目尻を細めて笑う真理子さん、その特徴的な左目の二重部分がピクピクしていた。
長時間の運転に疲労しているのだろう。僕は申し訳ない気持ちになった。

辺りは徐々に気温を下げ、水辺の湿気で肌心地いい。真理子さんはクーラーを切って窓を全開にした。

『ノブー!気持ちいいでしょー!?』

真理子さんがはしゃぎながら、うねる山道をスピードを上げて走らせる。

右、左とうねって車体が動くたびに僕の眼鏡はずり落ちそうになっていた。
真理子さんはスピードを落とさずどんどん車を走らせた。

山道は塗装されたアスファルトだったけど、ところどころが陥没していてタイヤを何度も飲み込んだ。

車体がガタンガタンと揺れ、緑色の塊が視界の後ろへ吸い込まれていく。

『真理子さん!スピード落として…!』

僕がシートベルトを握りしめながら叫んでも、彼女は

『えーっ?ドップラーで聞こえなーい!』

と楽しそうだ。

時刻は午後の1時になりそうだ。

やがてアスファルト塗装の道がなくなり、木製のしなびた板が敷かれた道となった。
湿った泥を含んでいて、それでも車がよく揺れる。

真理子さんがその道に差し掛かったところで突然車を停止させた。

また獣でも出たのかとフロント部分辺りを見てみたが、先程みたいに鹿なんかがいるわけではなかった。

『どうしたの?』

僕が尋ねると真理子さんは前を真っ直ぐ見つめたまま静かに語り始めた。

『ノブ、私の地元の事をもし知っても…私の事嫌いにならないで欲しいの』

突然何を言い出すかと思えば、真理子さんは顔に似合わないそんな弱音を吐いた。
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