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鬼ヶ瀬塚村
第12章 達弘
荒岩家の玄関に上がり僕は靴を揃えた。
踵がクシャクシャだ。
泥だらけだし、東京に帰ればいずれゴミ箱行きだろう。

『お、出がげでだんが?』

吾郎さんが物音に気付いたのかふすまを開けて居間から顔だけ突き出した。

『はい、少し散歩していました』

吾郎さんは一瞬表情をしかめると

『ひどりであんま遠ぐへ行ぐなよ?猟銃持たねぇど、おッ死んでまうぞ?熊はなぁ、怖ぇぞ?ん?』

と忠告する。

『はい。心配かけてすみません』

…僕は吾郎さんの顔を見つめながら思った。
"この人も"どど"を知っているのか"と。

『なんじゃい?なんがづいどるば?』

僕がジッと見つめていたものだから、彼はキョトンとして顔をなぞっていた。

『いえ、何もありません』

僕はそう言って足早に廊下を歩いた。とにかく一度真理子さんの顔を見たかった。
この粘着性を秘めた強い恐怖心と好奇心を落ち着かせるには真理子さんの顔を見るしかないだろう。

見慣れたあの顔を見て、僕は少し頭を休めたかった。そうだ、少し甘えてみよう。
肩揉みすれば喜ぶだろうか?珈琲を淹れて差し入れようか?

キュッキュッキュッキュッ…廊下をいそいそと歩いていると、ちょうど客室が開き中から誰かが出てきた。

借りている客室だ。
真理子さんだろうか?僕はギュッと目を凝らした。

そこにいたのは子犬のような顔をした達弘さんだった。
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