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鬼ヶ瀬塚村
第19章 あの日
『そんな先の事わからないじゃないッ!』

真理子さんが握りこぶしを畳みに叩きつけながら言う。

『お願いだよ…漫画を描かせてよ…僕はデビューするんだ。この作品がもし編集の目に止まって、即デビューなら大学を中退しても僕は構わない。そこから子供1人育てる余裕が出来る迄、少し待ってよ?』

『やだッ!』

真理子さんの両目から大粒の涙が溢れた。
マスカラやアイラインを溶かし、黒い筋が一直線に落下していく。

『やだッ!絶対やだッ!産みたいッ!産みたいッ!産みたいッ!』

真理子さんは首をブンブン左右に振る。
長い髪が左右にパサパサ音を立てながら揺れていた。

『僕は漫画家になるんだ。そうだよ、真理子さんよりきっと売れっ子になる』

『ないないッ!あり得ないッ!あなたには才能なんてないものッ!』

真理子さんの言葉に僕はカッとなった。
目の前にいるこの女に殺意さへ感じた。
うっとうしく、邪魔で、僕の夢を隔てようとするこの女が憎かった。

『今、なんて言った?…才能がないだって!?才能があるって言ったのは真理子さんじゃないかッ!!』

僕は思わず手を上げた。
けれど、空中に投げ出されたその手は静かに下降した。

殴れるわけがなかった。
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