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鬼ヶ瀬塚村
第28章 横山総合診療所
彼は両手を水田の稲穂を掻き分けるように振り、泥まみれのまま水飛沫を上げて暴れていた。

僕も水田へ飛び込み、達弘さんに近付く。

『達弘さんッ!達弘さんッ!落ち着いてくださいッ!』

僕は彼に呼び掛ける。
しかし彼には聞こえていない様で、泥の中に拳を何度も叩きつけていた。

彼は泣いていた。

『達弘さんってばッ!』

僕は彼を背後から羽交い締めにした。
彼は抵抗するように僕の腕の中で暴れる。

『うおおおおおッ!!…嫌じゃああああッ!!なんじゃああああッ!!!』

『達弘さんッてばッ!!落ち着いてくださいッ!!』

達弘さんから力が抜けるのがわかった。
僕は彼から静かに腕を離した。
彼はそのまま前のめりに倒れ、水田の中で四つん這いのまま"ううぅ"と泣いていた。

僕は彼の背中に手を当てながら

『大丈夫ですか?』

と、月並みの言葉しかかけられなかった。

『…大丈夫じゃ…ねぇっぺ』

震える声で達弘さんは言う。
分厚い筋肉におおわれた肩がビクンビクンと跳ねていた。
達弘さんは涙をボロボロと溢しながら僕を見上げる。悲願している目だ。
子犬以上に子犬の目だった。

『せんせッ…』

『達弘さん、一体どうしたんですか?』
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