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鬼ヶ瀬塚村
第29章 典子
僕の声と摩擦音だけが鬼流しの湯に流れる。

『夏休みはいつからなの?後少しかな?』

『………』

『そうだ、おでこの怪我はもう大丈夫なの?』

『………』

典子ちゃんは終始無言だ。

『優子とは友達なんだってね、聞いたよ』

僕は構わず話続けた。
沈黙になる気まずさが少し怖かったからだ。
こんな若い女子高生と2人きりなんて滅多に無い、何か興味を引くような話題を出せれば良いのだが…生憎流行に疎い僕にはボキャブラリーが無い。

『あの…』

不意に典子ちゃんがデッキブラシを動かす手を止めて僕を見下ろす。

『ん?どうしたの?』

『ど…どうして…わたじなんがに…や…や…やさ………優しく…してぐれるんですか?』

僕は呆気に取られて彼女の顔をポカーンと見上げていた。
きっと間抜けな顔だったに違い無い。

『え…?僕が?』

典子ちゃんは恥ずかしそうに頷く。
いつ僕は彼女に優しくしただろうか?
思い返しても彼女に親切を売った記憶は無い。

『え?え?』

間抜けに答える僕に典子ちゃんが続ける。

『初めて会っだ時も…その…優しぐ…しでぐれて…』

なんの事だかサッパリわから無い。
誰かと勘違いしているのだろうか?
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