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鬼ヶ瀬塚村
第31章 一人だけ居無くなる
『へへッ…そげな優等生みでぇなお利口ざんな答え期待じぢゃあいねぇよ…あいづは金をワジらば人生を交換じだだけだ…』

吾郎さんはヒックとしゃっくりをしながら目蓋を閉じた。
やがて古い掃除機のような音を立てて眠りに落ちていった。
物凄いイビキだった。

『ほれ、水だっぺよ』

調理場から浴衣姿の優子がやってきた。
僕の前に水がなみなみと入ったグラスを置く。
僕はそれを飲み干した。

ガラッ…後方で玄関の引き戸を開ける音がした。
キュッキュッキュッキュッと乾いた音を立てながら床がきしんでいるのが聞こえた。

『兄ぢゃんだッ!』

足音で聞き分けられるらしく、優子は立ち上がって居間のふすまを開けた。

そこにはまるで濡れたドブネズミのような達弘さんが立っていた。

疲れているのか若干生気がなく、いつもの若さを全く感じない。
どこかやつれた顔だった。

『疲れたでしょ?座ってください』

僕が言うと達弘さんはまるで亡霊のようにフラリとちゃぶ台の前に座った。

彼はただ、目の前のちゃぶ台の木目を見下ろしているだけだった。

『やっどけぇっだが?まっだく心配ばっがかけやがっでよ』

盆に素麺の入った器と焼きナスのお浸しを乗せて紗江さんが居間へと戻ってきた。
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