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鬼ヶ瀬塚村
第31章 一人だけ居無くなる
クルクルとまるで絡まった毛糸のような癖っ毛を一本で結い、洒落た縁なし眼鏡、目鼻立ちの整ったあの穏やかな顔、耳に心地よかったバリトンボイス…。

いつも周りから一歩距離を置き、それでも冷たい訳ではなく飄々としながらも優しかった一郎さん…。

良い友人に…良い兄貴になりそうだった彼が…死んだ。

『どにがぐ来でぐれ』

洋ちゃんは言うと表へと駆け出して行った。

『なんじゃい、なんがあっだんが?』

眠気眼をこすりながら黒のスウェット姿で達弘さんがやって来た。

『…達弘、みんなを起こして…後、あんたの軽トラ借りるわよ。優子にはまだ何も言わなくて良いから』

真理子さんが絞り出すような声で達弘さんに言った。

達弘さんは頭をポリポリ掻きながら頷く。

『構わんが、何があっだんじゃ?』

右足の裏で左足首を掻く達弘さんに真理子さんは告げた。

『いっちゃんが…死んだ…』

『………』

達弘さんは無言だった。

『とにかく軽トラ借りるわよ、ノブ、おじぃちゃん着いて来てッ!』

真理子さんは僕の腕を引っ張りながら玄関を飛び出した。

気温がまだ上がり切らない涼やかな早朝、空はまだ少し深い紺色だった。
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