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鬼ヶ瀬塚村
第31章 一人だけ居無くなる
真理子さんは放心状態の吾郎さんを無理矢理軽トラの助手席に乗せた。

『おじぃちゃん、シートベルトしてッ!』

言っても吾郎さんのしわくちゃな手はピクリとも動かない。
真理子さんは青筋を立てながら吾郎さんにシートベルトを締めた。

『ノブは荷台ね、掴まってて』

僕は頷き、軽トラの荷台に乗り込んだ。

『出すわよッ!』

真理子さんがエンジンをかけてアクセルを踏む。

太郎と花子が牛舎から不思議そうにこちらを伺っていた。

遠ざかる荒岩家の家屋、ふと隅に長い黒髪の少女が見えた気がした。

『典子…ちゃん…?』

荒岩家はグングンと小さくなって行った。

浅暗いアスファルトの上を真理子さんはスピードを飛ばして軽トラを走らせた。

何度も揺らされて尾てい骨が痛い。

僕は不安の中、痛む胸に手を添えて前方を見詰めていた。

水田が畑がどんどん後方へと吸い込まれて行く。

どうして一郎さんは死んだのだろう?

見回り中に野犬か猪に襲われたのだろうか?

考える程に胸が締め付けられる様だった。

最後に見た彼があまりにも優しい笑みだったので、僕の涙は耳側へと流れて行く。

そして横山総合診療所の建物が見えて来た。
まさか24時間以内に二度も来るとは思いもしなかった。
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