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鬼ヶ瀬塚村
第31章 一人だけ居無くなる
長い沈黙の中、生ぬるい風が庭から入り込んで来る。

何も知らない蝉達は競い合うように鳴いていた。
これ程までに僕も蝉になってしまいたいと思った事はなかった。

この場所には居たく無かった。
感受性は強い方では無いけれど、恨みや憎しみや悲しみと言った人間の感情が渦巻いているのが良くわかった。

『お……お呼び…でしょうか…奥様…』

庭先の縁側から声がする。
振り返るとセーラー服姿の典子ちゃんが立っていた。隣には真理子さんだ。

『突然呼び出して許してちょうだいね、さぁ、お上がりなさい』

弘子さんは右手でスッとちゃぶ台の上座を指した。

『だ…だ…だげんど…』

典子ちゃんは恐怖に染まった顔で居間にいる一同を見る。

『典子さん、構わないのよ?さぁ、上がってちょうだい?』

典子ちゃんはしばらく俯いていたが、ゆっくりとサンダルを脱ぐと縁側に左足をかけた。
そして一度だけ再び不安そうに僕らを見ると右足も上げた。

典子ちゃんは荒岩家の中に入ったのだ。

『さぁ、典子さん…お座りなさい?あなたに聞きたい事があるのよ、何も怖い事はしないわ、少し私とお話しない?』

弘子さんは目を細めて典子ちゃんに言う。
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