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第31章 一人だけ居無くなる

典子ちゃんは上座に正座すると上目使いで弘子さんを見上げた。

『奥様…お…おは…お話…とは？』

『とても簡単な話よ、私が訊ねる事に対してあなたは本当の事を話して欲しいのよ』

『わがりまじだ…奥様…』

弘子さんは一同をジッと一瞥した後、典子ちゃんへ訊ねた。

『あなたは一郎と紗江さんの逢い引きを知っていたわね？』

紗江さんが一瞬身を乗り出したが、諦めたのか大人しく座り直した。

『あ…逢い引き？奥様…それは…？』

『2人で会っているのを見た事あるかしら？』

典子ちゃんは口元をもごつかせていたがゆっくりと首を縦に振った。
その瞬間紗江さんが立ち上がり典子ちゃんに掴み掛かろうとした。

泣き崩れていた吾郎さんと達弘さんが慌て顔を上げた。
紗江さんの動きがピタリと止まった。
空中で握りこぶしを浮かせたまま、彼女は自分の腰辺りを見下ろしている。

カヤさんだ。
カヤさんが紗江さんのシャツの袖を震える手で引っ張っていたのだ。

『ばっちゃん…』

『カヤ…』

一同皆カヤさんを見つめる。
カヤさんは何事もなかったかのように紗江さんから手を離すとムニャムニャ言いながら小さく猫背になった。