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鬼ヶ瀬塚村
第32章 二人だけいなくなる
『優子…』

紗江さんは梅干しのようにクシャクシャで真っ赤な顔を振るわせながら呟いた。

『抱がせでぐれ、乳が張るんだ…腹空かせでるはずだ…』

優子は訳がわから無いまま紗江さんにマシュマロみたいな和幸を抱き渡す。

紗江さんは和幸を優しく揺すりながら涙をポロポロ落下させていた。

『ええ子じゃ…ええ子じゃあ…ほれぇ』

紗江さんは背中を皆に向け、Tシャツを上げると恐らく乳房がある場所に和幸の顔を近付けた。

静寂の居間に和幸がチュルチュルと乳を飲む音がする。

真理子さんが立ち上がり、電話がある廊下へ出ようとした時だ。
達弘さんが静かに言った。

『…姉ぢゃん…も少し待っでやっでぐれ…』

真理子さんは悲しそうな表情を達弘さんに向け、グッと下唇を噛み、再び腰をおろした。

『ええ子じゃあ…ええ子じゃあ…ほんにええ子じゃあ…』

紗江さんは泣きながら和幸をあやす。
当然ながら幼い和幸は自身の母親が何故泣いているのかがわからない。
ただ嬉しそうにキャッキャッと声を上げている。

『歯もちぃそうで可愛いなぁ…おめは…』

キャッキャッ…。

『立派なだんこに…なるっぺよ?』

キャッキャッ…。

『母ぢゃんばな、ちと遠いどごへ行ぐんだ…』

キャッキャッ…。
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