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鬼ヶ瀬塚村
第33章 恋
『皆一同に松明を手にしながら"殺せッ!"と言っていたさ、けれど仁助さんが言ったんだよ…"家内の父が倒れ、急ぎ東京に帰らねばなら無かった。何故家内の行く手を阻む、早く汽車のある仙台に行かねば危篤に間に合わん"とね。私は初めて彼を愛しく思ったよ…村人達は仁助さんの嘘の言葉を信じた。そして私にそっと囁いた"俺の事が好かんなら構わん、想い人のどごへ行け、二度と帰ってくるな、達者でな"と』

話す静江さんの目に淡く涙が浮かんだ。

『私は迷ったよ…けど、一目散に東京へ戻った。すぐに旅館のドラ息子に会いに行ったが…新しく芸者の恋人がいたんだよ…私は途方に暮れた。行く宛もなく玉川あたりで入水自殺でもしてやろうと考えたさ…けどな、生命力とは凄いんだ…気付けば私は仙台行きの汽車の中だったよ』

『帰ろうとじだのが?』

『いや…仙台あたりで旅館の中居でもしようかとも思った…だけれど、私の足は荷馬車の男に近付き"どうか秋田まで連れて行って欲しい"と勝手に口が動いていたさ』

『………』

『大して金はなく、秋田までお茶屋や旅館を手伝いながら少しづつ秋田の北へ向かった。そして青森が目前になったよ…ようやく私は鬼ヶ瀬塚村に帰ってこれたんだ』
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