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鬼ヶ瀬塚村
第5章 宗二
『はい…こんな気持ちいい場所生まれ初めてです』
蝉が鳴きわめく、ツバメがサッと滑空する。カエルがのそのそとアスファルトを横断する。
僕には本当に生まれ初めてだ。
『私も初め来た時は驚きました』
宗二さんは自転車を押す手を不意に止めて、景色を堪能するように辺りを優しい眼差しで見つめた。
『私はね、田中さん。この村の生まれではないのですよ』
言われてみれば確かに、ここの村人達のような訛りは一切ない。
『私はね、ここから南へ向かって…大きく西に向かった場所で生まれ育った人間なんです』
『…関西か…九州…ですか?』
『まぁ、そんな感じです。田中さん、元々はあなたと同じ部外者だったんですよ』
宗二さんはジッと田園を見つめている。
『住めば都と言うでしょ?そういうもんなんです』
目尻にシワを沢山作り、微笑みながら彼は言う。その穏やかな様子に説得力を感じた。
『まぁ…少しくつろいでいってくださいな、何もない場所ですが』
彼は再びキィキィと音を立てながら自転車を押し始めた。
『数日とは思いますが、ご迷惑おかけします』
僕の言葉に宗二さんは"ははっ"と乾いた笑い声を上げた。