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鬼ヶ瀬塚村
第8章 弘子
『お入りなさい』

ふすまの奥から女性の声がすると、真理子さんは静かにふすまをスルスル開けた。

書物がそこかしこと山積みになっている。
年代物がほとんどのようだ。
紙が年月を経て乾いた独特の香りがする。

木目の美しい机に向かって、涼やかな浴衣姿の女性がこちらを優しく見つめていた。

真理子さんの母弘子さんだ。

『失礼します』

僕は緊張を隠しつつ弘子さんの部屋へと足を踏み入れた。
ほのかにお香の香りが漂っている。
間接照明だけで部屋は暗かった。

『2人とも…そこへ』

弘子さんは静かに目線を下げた。
そこには上質な座布団が二枚丁寧に並んであった。
その少し手前に小さな茶釜があり、グツグツと沸いているようだ。

真理子さんと僕は弘子さんの前に正座した。緊張で手が汗ばんでいるのがわかった。
宗二さんの時はそれ程緊張はしなかったのに(…まぁしたけれど)何故だかこの空間は落ち着かない。

『少し待ってね、まだ仕事が残っているの』

弘子さんは優しい口調で言った。机の上には巻物状になった和紙が広げられ、そこに筆で何かを書き込んでいる。僕の位置からでは何を書いているのかわからなかったが、何やら文章のようだった。

『お母さん、そんな事お父さんに頼めばいいじゃない』

真理子さんが言うと弘子さんは顔を上げてこちらを見つめた。
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