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人魚島
第5章 夏祭り
穂波さんは眼鏡を掛け直しながら呟く。

『咲子はもう赤神様いら無いんだね』

『………』

『良いなぁ、羨ましいなぁ、好きな人に捧げた処女、一体どんな気持ちなんだろう?ねぇ春樹くんも…もしかして初めてだったの?』

穂波さんが風呂敷の上に並ぶ酒パック黄桜どんを持ち上げながら僕に振り返る。

『うん』

気恥ずかしさから無意識に頭を掻いてしまう僕。
然り気無く穂波さんの視線から逃れた。

『そっかぁ、お互いに初めての相手やったんや』

『うん』

『私もそんなんが良いなぁ…好きな人に初めてを捧げたいなぁ』

『誰か好きな人居るの?』

僕の何気無い素朴な質問に途端穂波さんの顔が紅潮して行く。
マズイ事でも聞いちゃったかな?

『な、内緒やけんよ?』

穂波さんが目一杯背伸びし僕の耳元に唇を寄せ声色のトーンを極めて落とし、愛しいその人の名前を僕に対して告げる。

『ぜ、禅くん』

ああ、成る程な。

『誰にも言わんでな?咲子にしか特別に教えとらんけん』

ゆっくり背伸びを止めて僕から離れる穂波さんの顔は益々紅潮している。

『春樹くん、ええ人そうだったから…絶対禅くんや他の人達には内緒だよ?』

そして黄桜どんを片手に『行くね』と笑う。
レジに持って行き会計を済ませ『またね』と市場を後にして行く。
僕は様々な商人達の風呂敷の上を眺め調剤薬局風な商人に近付いた。

『らっしゃい、何探してんのや?』

商人のオジサンが胡座をかいて煙草を吹かしていた。
紫色の副流煙がフワッと僕の前髪に当たる。

『…あ、あの』

『なんや?』

灰皿にトントンしながらオジサンが見据えて来る。
風呂敷の上には50を越える種類の市販薬や自家製なのだろうか?ハブ酒や蝮酒やらスッポンの姿煮のパック入りが並んでいた。
何やらジップロックされた雀蜂の砂糖菓子らしい商品も並んでいる。
コンドームは生憎見当たら無い。

『コ…ンドームありますか?』

意を決して訊ねればオジサンがニヤリとした。

『これ、やるんか?』

と手を丸め人差し指と中指の隙間から親指の先端を見せ付けてくる。
なんとなく古風な仕草だったが意味合いを知っていた僕は思わず赤面する。

『坊主、魚沼の噂の客人やろ?あらかた咲子辺りが相手か?』

『…あ、ありますか?』

震える声、滲み出る汗。

『夏休みや、生憎切らしちまったよ』
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