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人魚島
第5章 夏祭り
『え?』

膝から下が崩れて行きそうな感覚に陥る。

『大丈夫やけん、明後日には入荷されるけんな、週に一回呉市からフェリーが来てワシらの積み荷が卸されるんや』

『じゃ、じゃあ明後日迄…』

『せや我慢してマス掻いとけや』

僕が愕然としていると、不意にふとブラックデビルの香りがし、ロッキンホースベイビーがカツーンッと鳴る音がし、項垂れていた僕は顔を上げる。
そこには色白でショートカットの黒髪を僅かに市場に入り込む潮風に揺らした20歳位の若い女性がブラックデビル片手にこちらを見据えていた。
肩に猫を模した入れ墨がガッツリ入っている。

『アンタ、コンドーム欲しいんけ?』

女性が無表情のまま告げる。

『ああ、なんや、ミケか』

調剤薬局のオジサンがミケと呼んだ女性を見上げた。

『おっちゃん相変わらず品薄やな、観光客かてチラホラ来るねんからコンドーム位段ボールで用意しときや』

ミケさんが『なんや、これは胡散臭い』とハブ酒を片手にニヤリとする。
何処と無く歌手の中島美嘉に似ていた。
黒いタンクトップに赤のチェックのミニスカートに黒いチョーカーやらごてごて装着されたクロムハーツらしいアクセサリー類、そしてロッキンホースベイビーだ。
人気少女漫画NANAの大崎ナナを連想させた。

『アンタ、魚沼んとこの江戸から来た餓鬼やろ?』

ミケさんが妖艶に真っ赤な唇を細めた。

『あ、はい』

『あたしは魚姫の住人のミケ、まぁ、源氏名やけどな』

この人もどうやら魚姫の売春婦らしい。

『話ちょっとせんか?酒呑める?バイクに積んでるけん、外で呑もか、東京とか懐かしいわ、話聞かせてや』

『あ、良いんですか?』

『こっちや、船着き場の裏手の日陰んとこにハーレー停めてるけん、ほな、おっちゃんまたな』

ロッキンホースベイビーを高々に鳴らしながらミケさんが市場を後にする。
手には大量のビニール袋や紙袋だ。

『持ちますよ』

僕はミケさんからビニール袋を取り上げながらミケさんに『僕の名前は篠山春樹と言います』と名乗った。
ミケさんは『へぇ、可愛い名前』と真っ赤な唇の隙間から煙を吐き出していた。
卸し市場の裏手に真っ黒なハーレーダビットソンが停まる軽トラに隠れるようにして停車させられていた。
ミケさんはハーレーダビットソンのグリップにビニール袋を引っかけた。
 
『呑も』

『はい』
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