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人魚島
第10章 東京編
『やから、考えてみるわ』

僕からプイッと顔を背ける花子。
僕は必死に奥歯をギリギリ食い縛り医者に『中絶費用はどれ位になりますか?』と訊ねた。

『入院するなら17万ですね』

『解りました』

『ハルくん行こう…』

力無く笑って花子が丸椅子から立ち上がる。
僕は医者に『ありがとうございました』と頭を下げた。
花子と手を握りながら診察室を後にする。
会計20分程待たされる。
当たり前だ。
総合病院なのだ。
会計を待つ外来患者がごった返す中、花子が不意に『赤ちゃん…卸すけん』と呟いた。

『だから適切な治療受ければ子供も花子だって助かるんだよッ?』

思わず病院にも関わらず声を荒げてしまう僕を宥めながら『だって子供が可哀想やん?』と震える声で告げる花子。
僕はいたく苛立って貧乏揺すりしてしまう。
そんな僕の膝に手を重ねながら『赤ちゃん生んで結婚しても良いの?』と訊ねる花子。

『ああ、そうだよ』

『…ハルくん…』

今にも僕は泣き出しそうだった。
一方で花子は気丈に振る舞っている。
会計を済まし処方薬を受け取る花子。
そして泣き出しそうな僕の腕を優しく掴みながら『築地行くよ?』とフンワリ笑う。
僕はBMWの運転席に腰掛けながら『愛してるよ』と花子の唇に親指を這わせた。
そしてゆっくりその親指の腹を自分の唇に這わせ間接キスする。
もはや僕等は口付けすら梅毒でままなら無いのだ。
花子がようやく目を潤ませながら僕を見上げる。
処方薬の入った袋を持つ手がガタガタ震え袋をカサカサ鳴らしていた。

『築地行くよ?美味い物食おう?』

『ありがとう、ハルくん』

僕はBMWのアクセルを踏み込んだ。
軽やかに走り出すBMW。
国道246号線を使って30分ばかりで到着した。
築地は空いていた。
人混みはまばらだった。
年明け早々混雑する訳では無そうだ。

『ここにしよ?』

花子が小綺麗な寿司屋を指差した。
小料理亭歌だ。
歌に入る。
中は客が居無く暇そうだ。
とりあえず奥の座敷席に座る。
花子がメニュー一覧表を片手に『やっぱり大トロかなぁ?』とウットリする。

『好きなの頼みなよ?』

『じゃあ鮪と海老と大トロね』

花子がはしゃぐ。
先程見せた表情は嘘の様だ。
そんな様子に思わず僕の荒れた心も多少癒された。
早速板前が鮪と海老と大トロを握ってくれた。
プリプリだ。
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