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喝采
第1章 ミサ曲ロ短調
「待てよ、短気だな。時差ってことは、海外にいたのか? いつ海外から帰って来たんだ?」
「昨日の午前中だ」

 今日の公演のゲネラルプローベが行われたのは昨日の午後だった。では雫石はおそらく帰国したその足で直接、オペラタウンに来たのだ。

「何でそんなギリギリになった? あんたはそんな危ない橋は渡らないように見えるんだけど」
「飛行機が猛吹雪で一週間飛ばなかった、とでも言えばいいのか? だが、そんなことは言い訳にすぎない。厳寒期ということを考慮してスケジュールを組まなかった僕のミスだ」

 ニュースで欧州の吹雪による空港閉鎖を取り上げていたのはつい先日見た記憶がある。昨日雫石がずいぶんとイライラしていたように見えたのは、帰るに帰れなかった焦燥感からだったのだろう。

「昨日の今日ならまだ疲れも残ってるだろ。いいから時間まで楽屋で休んでろよ」
「……やれやれ。どうしてテノールという人種はこうもお節介なのか」

 雫石は軽くため息をついて肩をすくめた。その仕草が嫌になるくらいさまになっている。だが大人しく楽屋に戻ってきて椅子に腰かけた。再び楽譜に目を落とし始める。

「すまないが時間まで声をかけないでくれ」
「わかった。これから着替えるから、ちょっとガサガサするのは勘弁してくれよな」
「構わない。多少の物音は当然だ」

 二人は同室でありながらほとんど言葉を交わすことなく時間を迎えたのだった。
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