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喝采
第2章 コーヒー・カンタータ
 淹れたてのコーヒーが馥郁と香る。

 コーヒーには詳しくないので、ブレンドに使用されている豆のことは谷田部にはわからない。だが美味しければいいのではないかと思う。
 なぜなら、それは音楽も同じだからだ。楽器に詳しくなくとも響きに酔いしれることはできるし、言葉がわからなくとも歌に感動することもできる。
 楽しむために必要なのは、理屈ではない。

「何か?」

 コーヒーを楽しみながら無言で雫石の顔を眺めていたら、同じくゆっくりとコーヒーを堪能していたらしい雫石と目が合った。雫石はカップを音もなくソーサーに戻した。

「いや。いい公演だったと思ってさ」
「そうだな」

 雫石はたった一言で会話を打ち止めにしてしまう。さっきもそうだったのだが、声や表情からは雫石自身の感情がまったく感じられない。まるで人形と会話をしているようだった。

「足は平気か?」
「足?」
「カーテンコールのとき、辛そうにしてたから」
「ああ。問題ない」
「それならよかった」

 雫石には色々と聞いてみたいことがあった。
 音楽のこと、雫石自身のこと。
 だが会話がちっとも弾まず、男にしては比較的おしゃべりな谷田部でさえ、お手上げの状態だった。

「……なあ」
「なんだ」
「もしよければメールアドレスを教えてくれないか?」
「なぜ?」
「友達だから」
「友達? 君と僕は友達なのか?」

 雫石は不思議そうな顔で谷田部を見つめている。

「当たり前じゃねーか。友達だから俺は玲音にメールがしたい。だから玲音のメールアドレスを知りたいんだ」

 谷田部が笑って答えると、雫石は小さくうなずいた。

「わかった。僕はまた近いうちにヨーロッパに戻る。時差の関係ですぐに返信できるとは限らない。それでもよければ」
「いいよ」

 谷田部は雫石が読み上げたアドレスをスマホに入力した。試しに送信してみるとすぐに雫石の鞄から振動が伝わった。雫石はスマホを取り出しメールに返信する。谷田部のスマホにメールが届いたのを確認すると、再びスマホをしまい込んだ。
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