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喝采
第4章 ヨハネ受難曲
「ヨハネ受難曲」とは、新約聖書「ヨハネによる福音書」におけるイエスの受難を物語風に仕立てた、一種の音楽劇だ。
バッハはヨハネとマタイ、そしてマルコの三つの受難曲を作曲したとされ、そのうちヨハネとマタイの二つが現存している。

「おはよう」
「……おはよう」
「なんだ、元気ないな」

 谷田部がゲネラルプローベのためホール入りしたところ、雫石はすでにアルトの席についていた。肩を叩くとどこか暗く沈んだ眼差しで谷田部を見上げた。

「僕に触るな」

 まるで野良猫が人間を警戒するかのように冷たく邪険にされ、谷田部は肩をすくめて苦笑した。少しは親しくなれた気がしていたのだが、雫石の態度は初対面の時と大差ない。一体いつになったらまともに会話ができるようになるのだろうか。

「みんな揃ってるかな? 今日もバッチリ決めようね」

 きっかり時間通りに指揮者の斉賀が早足でやって来た。こちらも相変わらずのド派手な服装で、背中に鷲の描かれたレインボーストライプのロングカーディガンが、歩くたびにヒラヒラとはためいている。

「じゃ、今回のソリスト紹介するよ。ソプラノ、高橋百合子ちゃん。アルト、雫石玲音くん。テノール、上田孝くん。エヴァンゲリスト、谷田部晴哉くん。バス、治田貴史くん。みんなお馴染みだからって油断しないようにね」

 今回の「ヨハネ受難曲」のソリストも五人。「ミサ曲ロ短調」はソプラノが二人だったが、今回はテノールが二人だ。ナレーションを担当するエヴァンゲリストと、アリアを歌うテノールをわけているためだ。

「じゃ早速いっちゃうよ」

 斉賀が腕を振り下ろすと、ホール中に魔法のように音楽が溢れた。
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