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喝采
第4章 ヨハネ受難曲
「受難節だから」
「え?」

 谷田部は聞き返した。まさか本当にそれが理由だとは思っていなかった。キリスト教では、イエスが磔(はりつけ)にされた日の前後を受難節と呼ぶ。「ヨハネ受難曲」はこの受難節の礼拝のために作曲された作品だった。

「受難節と玲音に何か関係があるんですか?」
「受難節、特に今日は、昔玲音が事故に遭った日なんだよ」
「事故……」
「ウン、ウィーンでね。まだ玲音が学生の頃かな。体中にひどい怪我を負って何日も生死をさまよった。足もね、その時に痛めたんだ」
「そうなんですか」

 では体を他人に見せるのを嫌うのは、おそらくその事故のときの怪我のせいなのだろう。

「ウィーン生まれのウィーン育ちで両親は共に一流の音楽家。玲音は傍目には華やかな経歴の持ち主に見える。でも本当の玲音は色んなものを背負い、苦しみながら生きてきた。君は玲音の歌を聴いて、玲音が順風満帆な人生を歩んで来たように思えるかい?」

 雫石の瞳と歌にある複雑な陰影と翳り。それは雫石の歩んできた人生からくるものではないかと、谷田部には思えるのだった。

「玲音の歌は、長い長い苦しみの末に磨き抜かれたものだ。特に受難曲は、イエスの受難と玲音が受けなければならなかった苦しみが重なって、玲音はいつもとても辛そうにする」

 谷田部にはわかった。斉賀にもわかっている。雫石の歌が切なく響く理由が。

 雫石の歌が、心が、誰かに助けを求めているのだ。たとえ雫石自身は口にしなくとも。

「それでも僕は、玲音の心の底からほとばしるようなあの歌が聴きたくて、いつも玲音を起用してしまうんだ。鬼みたいな指揮者だよね」
「わかる気がします。玲音の歌は衝撃でしたから」

 人形のように綺麗な雫石から発せられる心の叫び。

 苦しくて、切なくて、心が痛い。
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