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喝采
第4章 ヨハネ受難曲
 店はすぐに見つかった。足が悪い雫石のため、座敷ではなくテーブル席を選んで向かい合う。

「家族と食事に行かなくてよかったのか?」

 ホールのエントランスでは、谷田部の家族が谷田部が出てくるのを待ち構えていた。だが、家族とは少し話しただけで、すぐに別れて雫石と食事に来てしまった。

「気にすんな。家族とは今日じゃなくてもいいんだ。どうせ毎回聴きに来るし」

 東京近郊で行われる公演の場合、必ず都合のつく家族が谷田部の歌を聴きに来てくれていた。今回は全員来ていたので少し驚いたが。仕事の関係上、全員の休日が揃うことは滅多にない。

「そうか。いい家族だな」
「ああ、家族には恵まれてると思ってる。けど、うるさくて悪かったな」

 一緒にいた雫石を家族に紹介したのたが、なんだかんだと賑やかな谷田部の家族に、無口で物静かな雫石は戸惑っているように見えた。

「いや。僕は言葉が足らないといつも斉賀さんに怒られている。気を悪くしていなければいいが」
「ないない。うちは脳天気な人間ばかりだから、そんなことは絶対にないって」

 谷田部は雫石の懸念を笑い飛ばした。

「玲音の家族はずっとウィーンにいるのか?」

 何気なく口にした質問に、はっきりと雫石は表情を固くした。しまったと思ったけれど、覆水は盆に返らない。雫石は一切の感情を切り捨てた声で淡々と答えた。

「さあ。家族とは十年以上会っていない」
「……ごめん」

 雫石から家族の話を聞いたことは、今まで一度もなかった。なぜ話さないのか、話さない理由があるのだと、少し考えれば谷田部にもわかるはずだった。
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