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喝采
第4章 ヨハネ受難曲
 雫石は無言で首を振り、谷田部を慰めるかのようにわずかに表情を和らげた。

「斉賀さんがいるからいいんだ」

 斉賀が父親以上の存在だと言う雫石。斉賀もまるで我が子のように雫石の様子を気にかけている。二人の強い絆の裏には谷田部の知らない理由があるのだろう。
 昨日斉賀は谷田部の助けが欲しいとも言っていた。谷田部も雫石の力になりたかった。

 失言の罪滅ぼしなどではなく、心の底から。

「斉賀さんだけじゃない。俺もいるぜ。俺は玲音のことが好きだ」

 雫石は箸を置き、目を見開いた。鸚鵡返しに言われた言葉をただ繰り返す。

「君は僕のことが好きなのか?」
「そうだ。俺は玲音のことが好きだ」

 自分自身の言葉に、遅まきながら谷田部は雫石におぼろげながら抱いていた気持ちの正体に気づいた。

 この「好き」という気持ちは、そう――。

「友達よりも、もっと特別な意味で『好き』なんだ」

 谷田部はいつからか、自分が愛する対象が男性に向く、いわゆる「ゲイ」であることに気づいていた。今回雫石に対して抱いた感情も、単なる友達以上のものだ。今ここで谷田部が雫石に自分の性的指向を明かしたら嫌われる可能性も高い。だが、受け入れてもらえなくても、本当の谷田部自身を知って欲しかった。

「これは俺の掛け値なしに正直な感情だ。男が男にこういった感情を抱くことはあまり理解されないものだということもわかってる。でも俺はお前に自分を偽りたくはないんだ」

 出会いはまさしく最悪だった。
 雫石は冷たく、気難しく、恐ろしく辛辣で。
 だけど本当は。
 雫石は優しく、繊細で、どこまでも誠実だった。
 本当の雫石を知った谷田部が、惹かれないはずがなかった。
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