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喝采
第4章 ヨハネ受難曲
「わかった。ただし、今すぐには答えられない」

 雫石は否定も肯定もせず、答えを保留した。

「なぜなら僕は他人を好きになったことがないからだ」

 まっすぐな視線は変わらず、谷田部を捉えたまま動かない。

「拓人のことは嫌いじゃない。たぶん好きなのだと思う。だが、この好きという感情が普通のものか、それとも特別なものか、人を好きになったことがない僕には判断がつかない」
「拒絶はしないんだな」

 お固い雫石なら、きっぱりと断るだろうと思っていたので、保留という答えは意外だった。

「人が人を好きになる気持ちは神聖なものだろう。たとえそれが同性に向けられた感情でも。頭ごなしに否定することは、相手を人間として否定するということだ」
「……すごいよ、お前。やっぱりすごい」

 世の中の人間が皆雫石のようだったらどれだけよかっただろう。同性愛に対する偏見は未だ根強いのだ。同性愛を告白しても変わらない雫石が、谷田部は嬉しかった。

「返事は急がなくてもいいから。その間はただの友達でいさせてくれ」
「『ただの友達』とは、何をすればいい?」
「何も。そのままのお前でいてくれれば、それでいいんだよ」
「何もしなくていいのか?」
「友達ってのはそんなもんだろ?」
「そうか」

 二人は店の外に出た。春の夜のひんやりとした空気が心地よい。

「ありがとう。またメールする」
「ああ」

 次の共演はしばらく間が空いてクリスマスイブになる。再会を約し、二人は別々に歩き始めたのだった。
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