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喝采
第5章 聖母マリアの夕べの祈り
 斉賀から谷田部宛に一通の封書が届いたのは、梅雨明け宣言の出された日のことだった。

 手で無造作に封を破り中を覗き込むとチケットが一枚だけ入っていた。来月来日する有名な古楽指揮者、ペーター・シュミットによるモンテヴゥルディ「聖母マリアの夕べの祈り」のチケットだ。古楽を歌うようになったこともあり、谷田部もこの公演を聴いてみたかったのだが、チケットはすでに完売していた。斉賀がなぜこのチケットを送ってきたのか、谷田部は斉賀に直接電話で訊ねてみることにした。

『なぜ谷田部っちにそのチケットを送ったかって? そんなの玲音がアルトだからに決まってるじゃない』

 斉賀は谷田部の疑問に、至極当然だという口調で答えた。

「え?」
『ペーターは今回みたいなツアーのとき、よく玲音を帯同するんだよ。ペーターは玲音の恩師でもある。いつも僕とペーターと、あともう一人サイモンの三人で玲音を取り合ってるんだ』

 斉賀は電話の向こうでおかしそうに笑った。サイモン・カーターも同じく有名な古楽指揮者だ。あれだけのカウンターテノールなのだから、雫石があちこちから引っ張りだこなのもうなずける。

「こっちで歌うなら、一言教えてくれればいいのに……」

 現在ヨーロッパに滞在中の雫石からは、何の連絡もなかった。雫石が歌うと知っていたら公演チケット確保のために、手を尽くしていただろう。谷田部にも伝手がないわけではないのだ。
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