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喝采
第5章 聖母マリアの夕べの祈り
 終演後ロビーで待っていると、雫石が杖と荷物を手にやって来た。真夏だというのに白い長袖シャツに薄手のカーディガンを羽織っている。どこまでも徹底的に肌を露出したくないらしい。雫石は近寄った谷田部を眩しい物を見るような目つきで見た。

「本当に聴きに来たんだな」
「何言ってるんだよ。来ると言ったんだから、普通来るだろう。当たり前じゃねーか」

 谷田部は笑って雫石の肩を抱いた。こんな当たり前のことを当たり前だと思えるようになるといい、と心から願う。

「あれ。向こうにいるのは斉賀さん?」

 雫石の後ろ、肩越しに見えるのは玉虫色に光るよくわからない形の服を着た誰か。雫石は背後を振り返りもせず、軽く肩をすくめた。

「あんな服を着た人間が、他にいると思うか?」

 一体どんな生地を使っているのか。なぜ玉虫色に光っているのか。相変わらずどこにいても所在確認が容易な人だ。

「いるわけないな。斉賀さんと一緒にいるのはペーター・シュミットか?」

 二人は何やら話しながらこちらに向かって歩いてきた。シュミットは谷田部ににこやかに笑かけ、右手を差し出した。シュミットは銀縁の眼鏡の似合う知的な印象の老紳士で、谷田部と変わらない長身だった。そしてシュミットはドイツ語訛りのある日本語で名乗った。

「アタシはペーター・シュミットよ。よろしくネ」
「……谷田部拓人、です」

 うっかり不意打ちを食らい、谷田部はシュミットの右手を握り返したまま固まった。外国人老紳士のおネエ言葉はインパクトが大きすぎる。

 谷田部が固まったのを不思議そうに見たシュミットは、雫石にドイツ語で何事か話しかけた。二、三回言葉を交わすと斉賀に担がれたことを知り、顔を真っ赤にしながら斉賀に向かって猛ダッシュした。斉賀は笑ってホールから逃げ出した。年甲斐もない指揮者二人の行動に雫石は呆れ顔で首を振り、キャリーケースを引きながら歩き出した。
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