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喝采
第5章 聖母マリアの夕べの祈り
「行こう」
「いいのか?」
「ああ、放っておけ」
「いや、そうじゃなくて。斉賀さんたちと一緒に行かなくていいのか?」
「彼らとは昨日一緒に食事をしたからいいんだ」

 そして一旦足を止め、まっすぐに谷田部を見た。

「……もし、予定が空いていれば、この後食事に付き合ってくれないか」
「もちろん。お前から誘ってくれるとは嬉しいぜ」

 谷田部は雫石の手からキャリーケースを奪い取った。何か言いたげな雫石の視線とぶつかる。

「俺は手ぶらだからさ」

 今日の谷田部は歌う側ではなく聴く側なので、荷物は背中に背負ったリュックのみ。雫石のキャリーケースを引いたところで大した負担にはならない。

「拓人にはいつも迷惑をかけてすまない」
「迷惑なんかじゃねえよ。俺が持ちたいから持つんだよ」

 ゆっくりとした速度で歩きながら、雫石は謝罪した。谷田部は笑って雫石の華奢な背中を軽く叩いた。

「拓人は優しいな。だからいつも拓人のまわりには人が集まるのだろう。それなのになぜわざわざ僕を構う? 僕のことは放っておいてくれて構わない」
「玲音が淋しそうだから」

 谷田部の答えが意外だったのか、雫石は目を軽く見開いた。無言で谷田部を見つめる。

「玲音はいつも淋しそうだから。玲音の目を見てると、なんだか放っておけないんだ」
「僕は一人が淋しいと思ったことはない」

 雫石は淡々と言葉を返し喫茶店「ツィンマーマン」の扉を開けた。
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