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喝采
第1章 ミサ曲ロ短調
 時間通りに始まったゲネラルプローベは滞りなく進んでいった。

「ちょっと休憩しようか。ちょうど玲音も来たしね」

 斉賀の声に、オーケストラが楽器を置き、ほっと空気が和らぐ。
 谷田部が隣を見ると、先程まで空席だったアルトの席に、小柄な男性が座っていた。いつ来たのか、集中していた谷田部は全く気づかなかった。

「お、男!?」

 谷田部の頓狂なテノールが、ホール一杯に響きわたった。合唱とオーケストラの面々からクスクスと忍び笑いが聞こえる。
 雫石は男性にしてはほっそりと華奢な体格で、しかも人形のように綺麗な顔立ちをしていた。だが決して女性ではない。アルトというからには、雫石は女性なのだとばかり思い込んでいたが、よく考えてみると「玲音」は男性の名前だった。

「君はバカなのか?」

 そんな中、雫石のよく通る冷え冷えとした声が、谷田部に突き刺さった。ゆっくりと立ち上がった雫石は、声の印象と同じ冷たく凍りついた眼差しで、谷田部をまっすぐに見つめていた。

「んだと!?」

 初対面の相手にいきなり「バカ」と言われ、谷田部はいきり立って雫石に詰め寄った。図らずも加藤が懸念した通りになってしまった。

 間近で向かい合うと、二人の体格差は歴然としていた。長身でがっしり型の谷田部に対し、小柄で華奢な雫石。谷田部の力なら片手でも雫石を吹き飛ばせそうだ。これ以上何か言われていたら、谷田部は雫石に掴みかかっていたに違いない。ステージに残っていた他のメンバーは、固唾を飲んで二人のやり取りを見守っている。

 だが、そこに場違いなまでにのんびりとした斉賀の声が割って入った。
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