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喝采
第1章 ミサ曲ロ短調
「二人とも落ち着いて。彼がアルトの雫石玲音くん。カウンターテノールだよ。そしてこっちの彼がテノールの谷田部拓人くん」
「カウンターテノール……」
斉賀が小柄な雫石を背後に庇うような形で二人の間に体を入れ、谷田部と雫石を引き離した。
雫石はカウンターテノールだった。カウンターテノールとは男性でありながら女性のアルト音域を歌う歌手のことだ。その数は決して多くはないが、現在でも古楽の演奏会においてはよく用いられている。今まで谷田部は古楽を歌う機会があまりなかったため、カウンターテノールという存在をすっかり忘れていた。
斉賀の目配せに、雫石は頭を下げ、自己紹介をした。
「遅れまして申し訳ありません。カウンターテノールの雫石玲音です。アルトのソリストを務めさせていただきます」
「ね? 理解したかな?」
「はい、お騒がせしてすみませんでした」
谷田部は斉賀に謝罪した。貴重な休憩時間を、妙なことで浪費させてしまった。雫石にも頭を下げると、雫石は軽く頷いた。
「斉賀さん、まだ時間ありますか?」
雫石が斉賀に問うた。
「あるよ」
「少し席を外します。すぐに戻ります」
「ウン。ここの床、僕もよく滑りそうになるから気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
雫石は椅子の背に立てかけていた杖を取ると、右足を引きずりながら慎重に歩き出した。今まで気づかなかったが、雫石は足が少々不自由だった。谷田部が詰め寄ったとき斉賀が雫石を庇ったのは、雫石の足を慮ってのことだろう。
雫石が座を外し、緊張していた場は、再び休憩らしいほっとした空気に包まれる。
谷田部は斉賀の元に歩み寄ると、食ってかかった。
「カウンターテノール……」
斉賀が小柄な雫石を背後に庇うような形で二人の間に体を入れ、谷田部と雫石を引き離した。
雫石はカウンターテノールだった。カウンターテノールとは男性でありながら女性のアルト音域を歌う歌手のことだ。その数は決して多くはないが、現在でも古楽の演奏会においてはよく用いられている。今まで谷田部は古楽を歌う機会があまりなかったため、カウンターテノールという存在をすっかり忘れていた。
斉賀の目配せに、雫石は頭を下げ、自己紹介をした。
「遅れまして申し訳ありません。カウンターテノールの雫石玲音です。アルトのソリストを務めさせていただきます」
「ね? 理解したかな?」
「はい、お騒がせしてすみませんでした」
谷田部は斉賀に謝罪した。貴重な休憩時間を、妙なことで浪費させてしまった。雫石にも頭を下げると、雫石は軽く頷いた。
「斉賀さん、まだ時間ありますか?」
雫石が斉賀に問うた。
「あるよ」
「少し席を外します。すぐに戻ります」
「ウン。ここの床、僕もよく滑りそうになるから気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
雫石は椅子の背に立てかけていた杖を取ると、右足を引きずりながら慎重に歩き出した。今まで気づかなかったが、雫石は足が少々不自由だった。谷田部が詰め寄ったとき斉賀が雫石を庇ったのは、雫石の足を慮ってのことだろう。
雫石が座を外し、緊張していた場は、再び休憩らしいほっとした空気に包まれる。
谷田部は斉賀の元に歩み寄ると、食ってかかった。