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喝采
第7章 目覚めよと呼ぶ声あり
「俺は玲音の家族のことは知らない。でも玲音のことなら誰よりもよく知ってる。玲音が本当は優しくて人一倍淋しがり屋だってことも、ちゃんと知ってる。玲音が家族に愛されなかったというのなら、俺がいくらでもお前を愛してやるから――。だから、もうそんなに淋しい顔をしないでくれ」
出会ってからというものの、滅多に笑顔を見せることのなかった雫石。それでも心が通うにつれ、ようやく少しずつ笑顔を見せてくれるようになっていた。雫石の凍てついた心は、本当は雪解けを待ち望んでいるのだ。春の訪れを知らないのなら、教えてやればいい。
「お前は自分の価値を知らなすぎる。お前はお前自身が思っているよりずっと魅力的なんだぜ? 何せ初めて会ったとき、俺は一目でお前に惚れたんだからな」
「……ものすごく怒っているように見えたけど」
二人の出会いは、一年ほど前の公演時に遡る。初対面での谷田部の失言を雫石が冷たく罵り、怒った谷田部が雫石に詰め寄るという、最悪のものだった。雫石はそのときのことを思い出したのか、小さく笑った。
「あの時はちょっと頭に血が上ったんだよ。けどあのあとお前が歌うのを聴いて、俺はどうしようもないくらいお前に魅了されたんだ」
雫石は数少ないカウンターテノールの歌い手だった。カウンターテノールは現代ではバロックの作品で多く用いられ、男性でありながら女性のアルト音域を担う。雫石の男とも女とつかない不思議な声と歌から伝わる切なく淋しげな感情に、谷田部は激しく心を揺さぶられたのだった。
「本当に……?」
「もちろん。俺は他の誰でもない、玲音がいいんだよ。玲音じゃなくちゃ、ダメなんだ」
雫石は疑うかのように何度も聞き返し、何度も谷田部に問いかける。谷田部が笑って答えると、雫石はそっと谷田部にもたれかかった。
出会ってからというものの、滅多に笑顔を見せることのなかった雫石。それでも心が通うにつれ、ようやく少しずつ笑顔を見せてくれるようになっていた。雫石の凍てついた心は、本当は雪解けを待ち望んでいるのだ。春の訪れを知らないのなら、教えてやればいい。
「お前は自分の価値を知らなすぎる。お前はお前自身が思っているよりずっと魅力的なんだぜ? 何せ初めて会ったとき、俺は一目でお前に惚れたんだからな」
「……ものすごく怒っているように見えたけど」
二人の出会いは、一年ほど前の公演時に遡る。初対面での谷田部の失言を雫石が冷たく罵り、怒った谷田部が雫石に詰め寄るという、最悪のものだった。雫石はそのときのことを思い出したのか、小さく笑った。
「あの時はちょっと頭に血が上ったんだよ。けどあのあとお前が歌うのを聴いて、俺はどうしようもないくらいお前に魅了されたんだ」
雫石は数少ないカウンターテノールの歌い手だった。カウンターテノールは現代ではバロックの作品で多く用いられ、男性でありながら女性のアルト音域を担う。雫石の男とも女とつかない不思議な声と歌から伝わる切なく淋しげな感情に、谷田部は激しく心を揺さぶられたのだった。
「本当に……?」
「もちろん。俺は他の誰でもない、玲音がいいんだよ。玲音じゃなくちゃ、ダメなんだ」
雫石は疑うかのように何度も聞き返し、何度も谷田部に問いかける。谷田部が笑って答えると、雫石はそっと谷田部にもたれかかった。