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喝采
第9章 血しおしたたる
 雫石の怪我は裂傷と両足首の複雑骨折ということで最低一ヶ月は入院が必要になる見込みだった。また、完治したとしても足は以前の骨折と同じ部分のためさらなる後遺症が残る可能性が高いと聞き、谷田部の胸は激しく痛んだ。

「……帰れ」
「玲音!?」

 麻酔から覚めた雫石の第一声は、氷のように冷たいものだった。冷ややかな眼差しが、ベッドサイドの両親に注がれている。

「わかった。一臣、谷田部君、あとのことは頼む」

 雫石の両親は谷田部と斉賀に後事を委ね、あっさりと立ち上った。

「玲音、何でだよ!? せっかくご両親が来てくれたんだぜ?」
「二人が日本にいるということは、近々どこかで演奏会があるということだ。ならばこんなところで無駄な時間を浪費せず、練習や体調を整えることに専念するべきだ。それがプロの演奏家としての義務であり責任だ」

 雫石は以前も同様のことを言っていた。だが、これだけの事故に遭ったというのに、雫石も両親も平然としているように見えるのはどうしてなのだろう。

「玲音はそれでいいのかよ! 親子なんだろう? 子供のそばに付き添う時間が無駄なんてことはないさ」
「僕は親子だなんて思っていない。それは向こうも同様だろう。……今さら遅いんだよ、拓人」

 谷田部は何とか雫石を説得しようと口を開きかけた。だが、決められている面会時間が終了し、谷田部たちは病室をあとにせざるを得なかった。

「谷田部君、気にかけてくれてありがとう。だが玲音のいう通り、私たちは遅すぎたんだ。今さら悔いても仕方ないが、あのときの一臣と瑶子は正しかった」

 雫石夫妻は淋しげに呟くと車を呼び、去って行った。

「斉賀さん……」
「ホントにね。あのとき首根っこを掴んで引きずってでも、玲音の元に連れていけばよかったよ。じゃあね、谷田部っち」

 斉賀も沈んだ様子で去り、谷田部だけがその場に残された。

 都心の夜空を見上げても、星は一つも見えなかった。
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