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喝采
第9章 血しおしたたる
 雫石は何も言わなかった。赦すことも慰めることもせず、谷田部が落ち着くまでただ静かに待っていた。それが雫石の優しさだと、谷田部は知っていた。

「……拓人」

 谷田部は雫石に呼ばれ、顔を上げた。静かな瞳が谷田部を見つめている。

「以前話せなかったことを話すと言ったら、君は聞いてくれるだろうか」

 以前話せなかったこと。

 それはおそらく雫石の家族のこと、カウンターテノールに転向した理由、そして事故のこと。
 初めて体を合わせた日、いつか話すと言っていた。

「聞きたい。教えてくれよ、玲音のことを。全部」
「全部とはずいぶんと欲張りだな」

 呆れたような雫石の口調がおかしくて、谷田部は笑った。笑った拍子に、目尻に残っていた最後の涙が流れ落ちた。

「いいんだよ。どうせドMで堪え性がないんだからな。さらに欲張りがプラスされたって、今さらどうってことねえよ」

 雫石はくすりと笑い、だがすぐに笑みを消してよく通る声で静かに語り始めた。
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