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喝采
第10章 我、深き淵より御身に祈る
 それは大学一年を終える春のことだった。

「玲音、コンクールに出る気はないか」
「嫌です」

 雫石は、担当教授の問いかけに一瞬のためらいも見せず即答した。心底嫌そうな雫石の様子に、教授は眉を上げた。

「なぜそんなにコンクールを毛嫌いする。君の実力なら間違いなく上位に入るだろうに」
「コンクールにいい思い出はありません」

 声楽ではないが、コンクールには両親の意向で数回出場した経験があった。コンクールの何もかもが、雫石は嫌いだった。

 繰り返される面倒な予選。本選のピリピリとした空気と、無駄にライバル意識を燃やしたギスギスした人間関係。あら探しに終始する審査。

 コンクールでの演奏に、楽しいと思える要素は皆無だった。

「そうか、君は器楽でのコンクール出場経験者だったな。だがこれから先、声楽のプロフェッショナルとしてやっていく上で、コンクールの実績は大きな武器にもなるぞ。申し込んでおくから、一度だけでも声楽コンクールに出てみなさい」
「……わかりました」

 雫石はうなずいた。たとえ今回断りきれたとしても、また次の機会にはしつこく勧められるだろう。ならば一度出て、次回以降すべて断ってしまえばいい。

 教授の思惑通り雫石は一次審査、二次審査とも順調に通過し、いよいよコンクール本選当日を迎えた。
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