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喝采
第10章 我、深き淵より御身に祈る
「やっほー、玲音」

 場にそぐわない陽気な日本語の挨拶で病室に入ってきたのは斉賀だった。相変わらずキテレツな服を着ている。斉賀は両親の古い友人のテノール歌手で、指揮者でもある。ピアノやヴァイオリンではなく声楽の道に進みたいと言った雫石にこっそり歌唱指導をしてくれたのも、斉賀だった。

「調子はどう?」
「どう、と聞かれてましても……」

 ベッドに体を固定されてどこも動かすことはできず、体中の痛みも相変わらずなのだから、雫石には答えようがない。つい肩をすくめようと体を動かしかけ、激痛に襲われる。

「ごめん。痛いに決まってるよね。はい、これコンクールの結果。やっぱり気になるでしょ?」

 斉賀は痛みの波の去った雫石の見える位置に、紙をかざした。ちらりと目だけを紙に走らせる。

 コンクールは一位該当者なしの、二位が二人という結果だった。

「ありがとうございます。妥当な結果ですね」
「だよね。今年は少し小粒だったからね。優勝候補だった玲音が本選辞退しちゃったんだから、こんなもんかな」

 クラシックの世界では、優勝候補が本選を辞退したからといって、他の人間が一位になれるとは限らない。一位該当者なし、というコンクールも決して珍しくはないのだ。
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