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喝采
第10章 我、深き淵より御身に祈る
「すみません、斉賀さん。今後の事を相談させてもらってもいいですか」

 雫石は話題を切り替えた。出られなかったコンクールの結果になど、大して興味はない。主治医の話からすると、入院はかなり長引きそうだった。学校も休学もしくは今後の経過によっては退学を検討した方がいいのかもしれない。

「それはもう少し怪我がよくなってからね。今は何も考えず怪我を治すことが先だよ。本当は僕じゃなくて崇とアリサに相談した方がいいんだけどなあ」
「声楽の道を選んだときから両親とは縁が切れていますから。あちらにとってもそれは同じはず。その証拠にここへも姿を見せていないでしょう」
「呼んではいるんだけどねえ。運の悪いことに今二人とも海外なんだよ」
「どこへいようと関係ありません」

 雫石崇に雫石アリサ。二人は一流の音楽家であり、海外公演でたびたび家を留守にしていた。実の両親ではあるが、息子である玲音にとって、今では赤の他人の斉賀より遠い存在だった。

「玲音……」

 斉賀に名を呼ばれた雫石はベッドサイドに視線を向けた。

「大丈夫だから。きっと大丈夫だから、今後のことなんか今は考えないで、ゆっくり養生しなさい。玲音はしっかりしているけどまだ十九歳。もっと大人を頼っていいんだよ。だから今は子供に戻って、なにも考えずゆっくり休みなさい」

 斉賀の言葉に、雫石は怪我をしていない左手を斉賀に向かってゆっくりと伸ばした。

「……では今だけ、僕を斉賀さんの子供にしてくれませんか」
「いいよ」

 斉賀は笑って、ためらいがちに伸ばされた雫石の手をしっかりと握った。

「ありがとうございます」

 ごつごつとした斉賀の手を握り、雫石は本当に子供に戻ったかのように泣いた。痛みと不安に、涙が流れて止まらなかった。
 泣き疲れて雫石が眠ってしまうまで、斉賀は手を握ったままでいてくれたようだった。
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