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喝采
第10章 我、深き淵より御身に祈る
 僕は事故に遭って以降、声楽の道を、音楽の道を諦めようとずっと考えていました。後遺症が大きく残る体では、必然とレパートリーが制限されてしまうからです」

 少なくとも雫石の体では、オペラは難しいだろう。役によっては激しい動きがあるし、肌を露出する衣装の場合だってある。

「ですが、今ペーターのカウンターテノールを聴いて、涙が出そうになりました。僕はやはり歌が好きなのだと心から思います。もしできることなら今まで歌ってきたテノールとしてではなく、カウンターテノールとして一からやり直したい。そして誰かの心に届く歌を歌いたい、そう思いました」
「玲音……」

 瑶子は雫石をそっと抱きしめた。母の抱擁はきっとこのような優しく暖かいものだろうと、雫石は思った。

「斉賀さん、ペーター。僕はカウンターテノールとして大学に復学をしようと思います」
「ウン、玲音が自分で決めたのなら、僕は応援するよ」
「ありがとうございます」

 それから雫石はサボっていたリハビリと、歌うためのトレーニングを再開した。雫石の努力もあり、一年の休学だけで、雫石は斉賀の家を出て大学に復学することができた。歩く際に杖が必要なこと、右半身の大部分にひきつれたような傷痕が残ってしまったことは、雫石の心にも大きな傷を残した。
 だがそれ以上に、再び歌える喜びの方が大きかった。
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