この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
喝采
第10章 我、深き淵より御身に祈る
僕は事故に遭って以降、声楽の道を、音楽の道を諦めようとずっと考えていました。後遺症が大きく残る体では、必然とレパートリーが制限されてしまうからです」
少なくとも雫石の体では、オペラは難しいだろう。役によっては激しい動きがあるし、肌を露出する衣装の場合だってある。
「ですが、今ペーターのカウンターテノールを聴いて、涙が出そうになりました。僕はやはり歌が好きなのだと心から思います。もしできることなら今まで歌ってきたテノールとしてではなく、カウンターテノールとして一からやり直したい。そして誰かの心に届く歌を歌いたい、そう思いました」
「玲音……」
瑶子は雫石をそっと抱きしめた。母の抱擁はきっとこのような優しく暖かいものだろうと、雫石は思った。
「斉賀さん、ペーター。僕はカウンターテノールとして大学に復学をしようと思います」
「ウン、玲音が自分で決めたのなら、僕は応援するよ」
「ありがとうございます」
それから雫石はサボっていたリハビリと、歌うためのトレーニングを再開した。雫石の努力もあり、一年の休学だけで、雫石は斉賀の家を出て大学に復学することができた。歩く際に杖が必要なこと、右半身の大部分にひきつれたような傷痕が残ってしまったことは、雫石の心にも大きな傷を残した。
だがそれ以上に、再び歌える喜びの方が大きかった。
少なくとも雫石の体では、オペラは難しいだろう。役によっては激しい動きがあるし、肌を露出する衣装の場合だってある。
「ですが、今ペーターのカウンターテノールを聴いて、涙が出そうになりました。僕はやはり歌が好きなのだと心から思います。もしできることなら今まで歌ってきたテノールとしてではなく、カウンターテノールとして一からやり直したい。そして誰かの心に届く歌を歌いたい、そう思いました」
「玲音……」
瑶子は雫石をそっと抱きしめた。母の抱擁はきっとこのような優しく暖かいものだろうと、雫石は思った。
「斉賀さん、ペーター。僕はカウンターテノールとして大学に復学をしようと思います」
「ウン、玲音が自分で決めたのなら、僕は応援するよ」
「ありがとうございます」
それから雫石はサボっていたリハビリと、歌うためのトレーニングを再開した。雫石の努力もあり、一年の休学だけで、雫石は斉賀の家を出て大学に復学することができた。歩く際に杖が必要なこと、右半身の大部分にひきつれたような傷痕が残ってしまったことは、雫石の心にも大きな傷を残した。
だがそれ以上に、再び歌える喜びの方が大きかった。